無邪気な時間は過ぎやすく

平野紫耀くんは研究対象。

大事なものが少ない方が楽だと思う。



どうでもいい話ではあるのだが、私は今、ツイ禁をしている。Twitterのアプリを削除し、Twitterから離れた生活をしている。5日経ったが、Twitterのない毎日に慣れてきた。


先日、6/29に放送された少年倶楽部の生放送を見返していた。私はある1つの違和感を覚えた。廉くんに元気がない。見方によっては、やる気がないようにも見れる。放送当時にも感じていたが、Twitterでそれについて言及している人が居なかったので、私も敢えて呟かなかった。生放送で急遽決まった曲だから、歌詞が分からないのかもしれない。歌えないのは仕方ないのかもしれない。と最初は思っていたが、番組協力に行っていた友人が歌詞はカンペに書いてあったと言っていた。他にもKAT-TUNのシグナルをKINGで歌っている時に廉くんが振りに着いていけていないように感じた。とにかく私は廉くんの普段とは違った表情が気になってしまって、その放送を見返せなくなった。
このような感覚を以前にも感じたことがある。それはSexyZoneの菊池風磨くんに対してだ。風磨くんも少年倶楽部の放送で笑顔の全くないパフォーマンスをしていたことがある。
私はアイドルには人前では常に100%アイドルで居て欲しいと思っている。どんな心理状態でも、笑顔でいることはアイドルとしての役目だと思っている。だから、アイドルなのにそのような行動を取るアイドルが苦手だった。
風磨くんも廉くんもとても人間らしい人だと思う。喜怒哀楽の感情をきちんと表に出すタイプの人なのだ。私はこの人間っぽさが苦手だった。
風磨くんと廉くんには、中島健人くんと平野紫耀というシンメがいる。私の中でこの2人は王道のアイドルだと思う。私情を一切持ち込まず、常に自身のキャラクターを貫く2人が私は好きだ。しかし、このアイドルの天才とも言える2人が自分のシンメだったらどうだろうとふと思った。多分、どんなに頑張っても敵わない相手と永遠に比べられて、嫌になるだろうと思った。風磨くんと廉くんは今までもそうだったし、これからもずっとシンメである限り比較されていくのだ。そんな王道のアイドル、アイドルの天才に対等に並ぶための手段が人間っぽさを出すことだったのかもしれない。もちろん、元々の性格も十分にあるだろう。しかし、もしそんな理由であんな風に人前で立ち振る舞っているとしたら、この人たちはずっと勘違いされていく。なんて不器用なんだろう。そう思った瞬間にとても愛おしく思った。